薪御能 初日

薪御能  近年、各地で野外能や薪能が行われていますが、古来、薪能といえば、興福寺南大門前の芝生
     で演じられてきたものを指し、各地の薪能は戦後これに倣ったものです。
     869年、興福寺修二会で薪猿楽が舞われたと伝えられており、能楽が大成される室町時代に、最
     も盛況を極めたといわれています。
     20日は午前11時より春日大社舞殿で「咒師(しゅし)走りの儀」、21日は午後2時半より春日大社
     若宮社で「御社上り(みやしろあがり)の儀」が奉納された後、午後5時半から興福寺南大門跡般若
     の芝で「南大門の儀」が執り行われました。

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薪御能 一日目
咒師走り(しゅしはしり)の儀
 日時 5月20日(金)午前11時始め (開催日が5月第3金・土曜日に変更になっています)
 場所 奈良市春日野町春日大社舞殿
 演目 金春流能 「翁(おきな)」 金春憲和
             「千歳(せんざい)」 「延命冠者(えんめいかじゃ)」 茂山正邦
             「三番三(さんばそう)」 大藏彌太郎
            ここで奉納される「翁」は、浄衣姿の三人の翁と、素襖姿の三番三と千歳とで勤める古いかたち
            を留め、また「十二月往来」は、現行観世流のものより一段と古雅な詞章を伝え、宝数えのめで
             たい章句がつくのが特徴です。



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「下行」  春日大社より演者に褒美として神饌と神酒が与えられる儀式
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南大門の儀 
 日時 5月20日(金)午後5時半始
 場所 奈良市登大路町48興福寺南大門跡般若の芝

 演目 舞台あらため・外僉義(げのせんぎ)」
         当初 薪御能では、舞台が野外の芝生であったため、「和紙三枚を踏んで湿り気があれば公演
         を中止する」という取り決めがありました。現在では敷き舞台の上で行うためその必要はありま
         せんが、芝の湿り具合いで能の有無を定めていた事を今に伝えるため演能の前に興福寺衆徒
         (僧兵)により「舞台あらため」が行われ、人々にその結果を伝える外僉議文が読み上げられま
         す。これらの儀式は他では見ることのできない薪御能だけの特色です。
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   宝生流仕舞「春日龍神(かすがりゅうじん)」辰巳満次郎
    春日大社第60次造替を記念して番組表にはありませんが、奉納されました。 
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    観世流能「通小町(かよいこまち)」観世喜之
八瀨の山里に一夏を過ごす僧の所へ毎日木の実やや爪木を届ける女がいた。ある日名を訪ねると小町とほのめかし、跡弔って欲しいと姿を消す。
僧は小野小町の幽霊と察し市原野に行き弔うと、小町の霊が現れ戒を授けて欲しいと乞うてきた。すると四位の少将が後を追ってきて小町に受戒
を受けさせまいとする、僧は二人に百夜通いの様を見せるように言うと少将は粗末な格好で小町の元に通った様子を再現する。ところが九十九夜
が過ぎ、恋の成就一歩前に死んだことを狂おしく再現する。しかし小町の言葉をまもり、仏の戒めで飲酒しないことにした。この一つの持戒で共
に仏縁を得て二人とも成仏する
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   火入れ 興福寺衆徒
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   大藏流狂言「長光(ながみつ)」茂山七五三 茂山正邦 茂山逸平
    遠国の者が訴訟のため長期在京していたが、勝訴し土産物を買いに寺町の市へやって来る。その男の持つ立派な太刀に目を付けたすっぱ
    が、それを横取りしようと企てる。当然二人の間に争い事が起こる。仲裁に入ったのは所の目代。さてその結末はいかに。

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   宝生流能「融(とおる)」辰巳満次郎
    京の六条河原の院の旧跡を訪れた旅僧の前に、汐汲みの老人があらわれる。海辺でもない所に汐汲みとはと不審がる僧に、昔左大臣源融
    が塩竃の浦を模し難波の浦から海水を運ばせ塩を焼かせて楽しんだ河原の院と語り、月の光のもと昔を偲び今の荒れ果てた様を嘆き悲し
    む。僧の問いに周りの山々を教え、興じて汐汲みを忘れていたと汐を汲むうちに汐煙の中に姿を消す。なおも奇特を待つ僧の前に、融大
    臣の霊が昔の姿で現れ、月光の中に華やかな遊舞をつくし、やがて月の都へ帰って行く。
    荒廃した河原の院を見て昔を懐古し愁嘆の場から、楽しげな名所教え、汐汲みの様、後の優美な世界の遊舞、見どころ多い世阿弥の傑作。
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by easysailing | 2016-05-20 16:03 | 演能日誌


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