薪御能 二日目

薪御能 二日目
日時 5月16日(土)午前11時始
御社上り(みやしろあがり)の儀
場所 奈良市春日野町春日大社若宮社
           「社頭法楽」の最も古いかたちとも言える御社上りの儀は、神殿を背にして、「四方正面」の型で行な
            われ、また橋掛かり通常の反対で右側となり、非常に珍しい舞台となります。

演目  金春流能 「田村(たむら)」 櫻間右陣
     東国の僧が都見物に出掛け、清水寺に参詣すると、地主権限の桜のもとで、木陰を掃き清めている花守
     の童子に出会う。
     僧の問いに答えて、昔賢心が観音の化身である行叡居士に会い、その教えに従って坂上田村丸を檀那と
     してこの清水寺が建てられたと建立の縁起を語り、付近の名所を教え、花月夜の風情を楽しみ本尊の千手
     観音をほめたたえる。
     あまりに詳しい話しに、僧が名を尋ねると、知りたくば帰って行くところを見なさいと、田村堂の内陣に姿を消す。
     清水寺門前の者が、僧の求めに応じて、清水寺の縁起を語る。
     僧が桜の木陰で夜もすがら法華経を誦んでいると、武将姿の坂上田村丸の霊が現れる。僧の供養に感謝
     し、勅命によって伊勢鈴鹿山の鬼神を平らげた時、その合戦の最中に千手観音が現れて、千の御手に弓を
     もち敵に矢を射かけ、ことごとく平らげることが出来た。この勝利を導いたのもひとえに観音の仏力の御陰で
     あったと軍語りをする。

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下行 春日大社より演者に褒美として神饌と神酒が与えられる儀式
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写真提供 写真家松村康史氏


南大門の儀 午後5時半始
場所 奈良市登大路町48興福寺南大門跡般若の芝
演目 舞台あらため・外僉義(げのせんぎ)
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演目 観世流能 「羽衣(はごろも)」 観世喜之
春の朝、漁師が仲間を連れ三保の松原の景色を眺めているうち、虚空に花降り、音楽が聞こえ、妙なる香
りが漂い、ただ事であるまいと思ううち、松の木に美しい衣を見つけ持ち帰って家宝にしようとする。
そこへ女が現れ返してくれるように頼む。その衣は天人の羽衣であった。漁師はそれならば国の宝にしよ
うというが、天女は空をふり仰ぎ、羽を失った鳥と同じ身の上を嘆く。漁師は天女の悲嘆を見かねて羽衣
を返すと、天女はその礼として月世界の様を語り、月宮殿での舞を見せ春の霞の中へと姿を消す。
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        火入れ 興福寺衆徒
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   大藏流狂言 「因幡堂(いなばどう)」 茂山良暢 山口耕道
妻が大酒を飲み、所帯の事はなにもしないので、愛想をつかし妻が実家に帰ったのを幸いに離縁状を届け
る。とは言うものの一人暮らしは不便と、因幡堂のお薬師様に妻乞いをするため出掛ける。
お薬師様に祈誓し、通夜をしようと眠りに入る。
さて、離縁状を届けられた妻は大いに腹を立て、妻乞いに行ったという真偽を確かめるため因幡堂にやって
来る。妻は眠っている夫を見つけ、薬師如来であるかのように霊夢の告げを与える。目を覚ましその告げを
喜んだ男は・・・・
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   金剛流能 「鵺(ぬえ)」 金剛流宗家金剛永謹
諸国一見の僧が熊野詣でを了えて都へ上がる路次がら、摂津国芦屋の里までやって来る。夜も更けて川下
から埋もれ木のような空船に乗ってきた異形のものに問うと近衛天皇を病悩まさせた末、源頼政に退治さ
せられた鵺の亡霊だと。僧は亡執の念を捨て成仏を願うが良いと勧めるがまた空船に乗り消えてしまう。
僧が読経をしていると再び鵺が現れ、滅ぼされた折のことを語り始める。頼政は名を上げ、我は汚名を流
した故に空船に押し込められ、この浮洲に留まり月も日も見えぬ闇の船の中で冥土に落ちてしまったと言い
海中に消えてしまう。
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         附祝言<

写真提供 写真家松村康史氏

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by easysailing | 2015-05-16 20:00 | 演能日誌


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