薪御能初日

薪御能
        近年、各地で野外能や薪能が行われていますが、古来、薪能といえば、興福寺南大門前の芝生
        で演じられてきたものを指し、各地の薪能は戦後これに倣ったものです。
        869年、興福寺修二会で薪猿楽が舞われたと伝えられており、能楽が大成される室町時代に
        、最も盛 況を極めたといわれています。
        17日は春日大社舞殿で「咒師(しゅし)走りの儀」、18日は春日大社若宮社で「御社上り(みやし
        ろあがり)の儀」がそれぞれ午前11時から奉納された後、午後5時半から興福寺南大門跡 般
        若の芝で「南大門の儀」が執り行われました。
 薪御能 一日目
   日時 5月16日(金)(開催日が5月第3金・土曜日に変更になっています)
     咒師走り(しゅしはしり)の儀 午前11時始
         ここで奉納される「翁」は、浄衣姿の三人の翁と、素襖姿の三番三と千歳とで勤める古いかたち
         を留め、また「十二月往来」は、現行観世流のものより一段と古雅な詞章を伝え、宝数えのめ
         でたい章句がつくのが特徴です。
     場所 奈良市 春日大社舞殿
     演目(予定) 金春流能 「翁(おきな)」 金春穂高 
                   「千歳(せんざい)」 「延命冠者(えんめいかじゃ)」 茂山茂
                   「三番三(さんばそう)」 大藏千太郎
                   下行」  春日大社より演者に褒美として神饌と神酒が与えられる儀式
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   南大門の儀 午後5時半始
     場所 奈良市登大路町48興福寺南大門跡般若の芝
       
        演目 舞台あらため・外僉義(げのせんぎ)」
              当初 薪御能では、舞台が野外の芝生であったため、「和紙三枚を踏んで湿り気があれ
              ば公演を中止する」という取り決めがありました。現在では敷き舞台の上で行うためその
              必要はありませんが、芝の湿り具合いで能の有無を定めていた事を今に伝えるため演能
              の前に興福寺衆徒(僧兵)により「舞台あらため」が行われ、人々にその結果を伝える外僉
              議文が読み上げられます。これらの儀式は他では見ることのできない薪御能だけの特色
              です。
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        演目 宝生流 「清経(きよつね)」 辰巳満次郎
                  源平合戦のさなか、世をはかなみ入水自殺した平家の公家平清経。形見を手向返す。
                  妻の夢中にあらわれ、平家の負け戦のありさま、笛を吹き今様を謡い船から水中に飛
                  び込み死んだ我が身のありさまをを語る。
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               火入れ 興福寺衆徒
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               大藏流狂言 「太刀奪(たちばい)」 茂山千三郎
                  七月七日は京都北野神社の祭り。お手水の会に、主は太郎冠者を連れて参詣のため
                  に出掛ける。そこへやはり参詣に来た男の腰に、みごとな太刀があるのを見て欲しく
                  なり、太郎冠者は忠義心から主人の腰の物を借りて、取りに行くことになるのだが、逆
                  に主人の重代の刀を奪われてしまう。二人して男の下向を待ち受けて、まんまとその男
                  を捕まえるが、「縄をかけい」と主人に言われて縄をなう太郎冠者。「盗人捕らえて縄綯
                  う」のことわざを地でいったもの。さて縄をかけ捕らえた者は?
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               金剛流能 「鵜飼(うかい)」 金剛流宗家金剛永謹
附祝言
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写真提供 写真家松村康史氏
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by easysailing | 2014-05-16 21:00 | 演能日誌


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